5歳の頃、おじいちゃんが亡くなったとき、お葬式でお坊さんがお経を唱えてくださり、
おじいちゃんはこれで成仏出来るんだと聞きました。けれど、死んじゃって成仏したらどこへ行くの?もし、世界が一度に滅びてみんな死んじゃったらお経を唱えてくれるお坊さんも死んじゃったら私は成仏出来ずどこへ行くの?と日々不安に駆られていました。
永遠に暗闇の中で誰もいないところで…。そんなことを思って泣いていたこともありました。
大人は死んじゃったら終わりだよ。と言って私を慰めたつもりでいたけど、私は余計に不安になりました。
こんな不安を抱えて生きるくらいなら生まれてこなきゃ良かったとさえ思いました。
けれど、この不安を一機に解消してくれたのが弥勒参拝でした。魂は消えることなく何度も何度も身体を替え生まれ変わると言うことを知ったのです。それは人間とは限らず動物や昆虫、魚、鳥すべてに生まれ変わり死んで行くということです。
宇宙はその繰り返しでもし地球が無くなっても、地球の様な星に生まれるそうです。
では何のために魂は生まれて来てくるのか?それは魂を成長させるためだそうです。
神との対話という本にこんな事が書いてあります。
すべての魂はこの宇宙を造った神の分身であり、その神は自分の完璧さを知るために自分の一部を地球に降ろし経験させていると。暗闇が無いと光が見えないと言うように、
愚かさがないとすばらしさがわからないと言うことです。だから神は自身の愚かさを知りすばらしさを味わっていると言うことです。
なんだか難しい話ですが…。
神様は私たちを通して色々学んでいるということですね。
だけど、神様は子供たちである私たちをいつまでも放ってはいません。
いつかすべての魂を呼び寄せてまた自分の一部に戻そうとしているのです。
けれど完璧な神の元へ帰れるのは同じ完璧さを持った魂しか呼べないのです。
だから一人でも多く宇宙の摂理に気づき、愚かな自分たちに気づき、
すべての人間はエゴの無い愛で満ちあふれた魂である事を気づかせるために色々な方法でメッセージを送ってくれているのです。
国や人種差別、宗教の対立は兄弟同士でしている事に気づき、
早く、仲良くなって帰って来なさいと言っているのです。
私は弥勒参拝によってこの方法を学び、死の恐怖から逃れる事が出来ました。
少なくとも死後の世界の不安は無くなりました。不安を持つということも神様とたがうことです。
だから、いつも心安らかに静かに生活するということ、すべての事に感謝するということは神様に一歩近づくということなのかもしれませんね。

